前回の記事では事故当日の状況について書きました。

※事故当日の様子はこちら

Uber Eats配達員の私が追突事故に遭った話。被害者になって初めて分かった現実Uber Eats配達員として働く私が信号待ち中に追突事故の被害者になりました。事故直後の状況、救急搬送を迷った理由、個人事業主ならではの収入不安や被害者として感じた現実を実体験で記録します。...

今回は、その後の治療や休業、そして被害者になって初めて知った現実についてお話しします。

事故後の経過

■事故発生日

2026年3月31日

交通事故発生。

私は追突事故に遭い、そのまま救急搬送されました。


通院・治療経過

●2026年4月1日

  • 整形外科受診
  • レントゲン検査
  • 診察

その後、警察署へ向かい事故調書を作成しました。


●2026年4月6日

  • 整形外科受診
  • MRI検査
  • 診察

●2026年4月8日

  • 整形外科受診
  • 経過観察

●2026年4月13日

  • フードデリバリーの仕事を徐々に再開
  • 腰の違和感は継続

●2026年4月21日

  • 整形外科受診
  • 湿布薬処方

医師からの説明(要旨)

  • 事故による症状は回復に時間がかかることがある
  • しばらく様子を見る
  • 今後の治療は保険会社との調整を踏まえて継続
  • 接骨院については「行ってもよいが保証はしない」

●2026年5月8日

  • 整形外科受診
  • 湿布薬処方

医師からの説明(要旨)

  • 骨に異常はない
  • 筋肉系の痛みが残っている可能性が高い
  • 湿布を継続し、痛みが続く場合は再診

●2026年5月28日

  • 整形外科受診
  • 湿布薬処方

事故直後はとにかく慌ただしかった

3月31日の事故当日は本当に慌ただしい一日でした。

事故で頭が混乱している中、

「物損ですか?人身ですか?」
「救急車は呼びますか?」

など次々と質問されます。

私は個人事業主のフードデリバリー配達員です。

頭の中では治療のことよりも、

「仕事はどうなるんだろう」
「収入はどうなるんだろう」

という不安でいっぱいでした。


100%被害者だから安心だと思っていた

今回の事故は追突事故でした。

私に過失はなく、相手側の100%過失です。

そのため当初は、

「しばらく休業しても補償されるだろう」

と考えていました。

しかし事故後しばらくは、精神的にもかなり不安定でした。

追突されて転倒し、対向車のヘッドライトがこちらへ向かってくる。

「あ、もうダメかもしれない」

そう思った瞬間が何度も頭の中でフラッシュバックしていました。


休業補償の現実

当時のUber Eatsは130クエストがあり、条件を達成するとかなり大きな売上になっていました。

私の場合、事故の週は20万円近い売上を見込める状況でした。

ところが、個人事業主の休業補償はそう簡単ではありません。

将来の売上予測ではなく、過去の実績を基準に計算されます。

ネットで調べると、

前年の確定申告の所得をもとに日額を算出するケースが一般的だと知りました。

そこで自分でも計算してみたところ、

休業補償は1週間で約5万円程度になる可能性がありました。

もちろんこれは当時の私自身の試算です。

保険会社から提示された金額ではありません。

それでも、

「本来なら20万円近く稼げたかもしれない期間が5万円程度になるのか」

と思うと、本当に悔しかったです。

焦りと不安で何も手につきませんでした。


MRIでも異常なし。でも痛い

4月6日にMRI検査を受けました。

結果は骨に異常なし。

一見すると良い結果です。

しかし実際には腰が痛い。

痛いのに原因がはっきりしない。

特効薬もない。

無理をすれば稼働できる。

でも痛みは残る。

そんな状態でした。

収入はゼロ。

将来も不安。

考えても仕方ないことばかりを考えていました。


何も手につかなかった2週間

今振り返ると、休業期間中にできることはあったと思います。

部屋の模様替え。

ブログの更新。

資格の勉強。

やろうと思えばできたかもしれません。

しかし当時は何も手につきませんでした。

ただただ不安でした。

事故によって突然仕事ができなくなり、

収入が止まり、

先が見えなくなる。

そんな経験は初めてでした。


2週間後、稼働再開

日常生活での痛みが少し落ち着いてきたのが4月13日頃でした。

「そろそろバイクに乗れるかもしれない」

そう思い、約2週間ぶりに仕事へ復帰しました。

もちろん、その間の収入はゼロです。

焦りで頭の中はずっといっぱいでした。


復帰後は必死だった

復帰後はとにかく必死でした。

月曜〜木曜で130クエスト。

金曜〜日曜で130クエスト。

ひたすら配達を続けました。

腰は長時間バイクに乗っていると痛みます。

そのため休憩を挟みながらの稼働でした。

毎日何十件も配達する生活は本当に大変です。

疲労も蓄積します。

それでも休めませんでした。

「稼がなければ」

という恐怖心の方が強かったからです。


個人事業主は体が資本

今回の事故で痛感したことがあります。

それは、

個人事業主にとって体こそ最大の資産だということです。

もしもっと大きな事故だったら。

もし長期間働けなくなっていたら。

そう考えると今でも怖くなります。

私は当時、労災保険にも加入していませんでした。

「自分は大丈夫だろう」

どこかでそう思っていたのだと思います。

しかし事故は突然やってきます。

そして一瞬で日常を変えてしまいます。


最後に

フードデリバリーの仕事は、常に道路の上で行う仕事です。

事故のリスクをゼロにすることはできません。

それでも注意することはできます。

私自身も今まで以上に安全運転を意識するようになりました。

そして、車もバイクも自転車も歩行者も、お互いが少しだけ思いやりを持って運転できれば事故は減るはずです。

今回の事故を経験して、心からそう思いました。

Uber Eats配達員の私が追突事故に遭った話。被害者になって初めて分かった現実Uber Eats配達員として働く私が信号待ち中に追突事故の被害者になりました。事故直後の状況、救急搬送を迷った理由、個人事業主ならではの収入不安や被害者として感じた現実を実体験で記録します。...